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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)177号 判決

原告

野上慎吾

被告

田中文一

主文

一、被告は原告に対し、金二、二六七、五九〇円およびこれに対する昭和四四年一月三一日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分して、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四、この判決は一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

被告は原告に対し金五九六万円およびこれに対する昭和四四年一月三一日(訴状送達の翌日)から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者の主張

一、原告 請求原因

(一)  本件事故発生

とき 昭和四三年三月二九日午後三時四〇分ごろ

ところ 大阪市港区雲井町一丁目一八一番地先路上

事故車 大型貨物自動車(大一そ二五二三号)

運転者 被告

受傷者 原告

態様 原告が東から西へ横断歩行中、北から南へ進行してきた事故車に激突され転倒した。そのため原告は頭部外傷Ⅱ型、左前額部血腫および擦過創、左胸部右肩関節部右大腿部挫傷、第五頸椎圧迫骨折、第五腰椎脱臼、両膝関節部挫傷の傷害をうけた。

(二)  帰責事由(自賠法三条、民法七〇九条)

1 被告は自己所有の事故車をその業務のため自ら運転して運行に供していたものである。

2 被告には前方不注意の過失がある。

(三)  損害

1 入院費 金一〇八万円

2 逸失利益 金二八八万円

原告は大工で月額少くとも八万円の収入があつたところ、事故後三年間就労できない。

(八万円×三六か月)

3 慰藉料 金一五〇万円

本件事故による原告の精神的損害として二〇〇万円が相当であるが、原告にも横断歩道を通らなかつた過失があるので右慰藉料額を請求する。

4 弁護士費用 金五〇万円

(合計五九六万円)

二、被告

(一)  請求原因に対する認否

本件事故の発生は態様を争うほか認める。

帰責事由1は認める。

損害はすべて争う。

(二)  免責の抗弁

1 被告の無過失

本件事故現場は大阪築港浜通線から分岐して市立運動場の西側に沿つて南方の大阪港第二突堤に通ずる幅員二〇メートルの市道上で、右築港浜通線の交差点から約八〇メートル南方の右運動場西門付近である。この道路は中央部分幅一〇メートルのみアスフアルト舗装され、両側五メートルづつが未舗装で車両の制限速度は時速五〇キロメートルとなつている。右運動場は北側、西側共に金網が張られてその方の見とおしは良効である。当時市立運動場において、国際見本市の開催準備中で西門付近はそのための出入があり、事故車は右交差点を左折して時速三〇キロメートル強の速度で進行し、接触地点の四〇メートル手前に達したとき、被告は左前方の運動場西門南端付近に佇立して話をしている格好の男女二人の姿を認めたが、道路横断する気配がなかつたので同一速度で南進した。そして右西門を通過寸前に右佇立していた男(原告)が突然小走りで事故車の左前方に飛び出してきたので、事故車は急制動の処置をとつたが及ばず、車体の左前部と接触し、原告が転倒した。

被告としては、横断歩道外で、しかも制動距離内において飛び出してくる者のあることまで予測して運転することは不可能で、不可抗力の事故というべきである。

2 原告の過失

原告は見とおしのよい場所であり、道路を進行してくる車両の有無を確認せず飛び出し、かつ横断歩道外を横断するについて注意が欠け、本件事故は原告の一方的な過失によるものである。

3 事故車の構造、機能に欠陥障害はなかつた。

(三)  過失相殺

かりに被告に何らかの過失があり免責が認められないとしても、前記のとおり原告の過失も重大である。

(四)  弁済

被告は原告に対し、左記のとおり合計二九四、〇七五円を支払つた。

小川病院治療費 金三万円

付添費 金七二、三五〇円

ふとん代 金九、九〇〇円

牛乳代 金一、八二五円

休業補償 金一八万円

三、被告の抗弁に対する原告の答弁

免責の抗弁は否認する。

過失相殺は原告にも過失があつたことは認める。

弁済はすべて認める。

第三、証拠〔略〕

理由

一、本件事故の発生は、態様を除き当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によると、原告が東から西へ横断しようと渡りはじめた際に北から南へ進行してきた事故車にはねられて転倒したこと、〔証拠略〕によると原告がその主張のとおり頭部外傷Ⅱ型等の傷害をうけたことが、それぞれ認められる。

二、被告が事故車の運行供用者であることは自認するところであるから、免責事由がないかぎり自賠法三条本文により、本件事故から生じた原告の損害を賠償する責任がある。

そこで以下免責の抗弁について判断する。

〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

本件事故現場は大阪港線の市立運動場前交差点から約一三〇メートル北側、当時建設中の国際見本市会場西側出入口の南側付近道路上である。この道路は南北に通り幅員二〇・二メートルで中央部の一〇・四メートルがアスフアルト舗装されているが、両側は未舗装であり、直線、平たんで路面は乾燥し見とおしは良効である。交通量は普通で、付近には旅館、商店、公団住宅などがあるが、横断歩道はなく、この現場付近を横断する歩行者は少くない。

被告は右現場の事情はよく知つていて、事故車を時速約三〇キロメートル(制限速度は時速四〇キロメートル)で進行させ、前方から対向してくるミキサー車と約三〇メートル先の道路左側の未舗装部分に立ち話をしている男女二人を発見し、別に横断する様子でなかつたので、そのまま通過できると思い同速度で進んだ。ところが七・二メートルに近づいたあたりでその男(原告)が舗装道路側へ歩き出したのを見て、すぐ急ブレーキをかけたが、間に合わず、事故車の左前部角で原告と接触し、そこから約四・六メートル前進して停止した。

原告は大工で国際見本市会場で組立ハウスの展示場を建てるのに雇われ働いていたのであるが、事故直前に鉛筆を買いに行こうとして右会場西口の南側で通行中の女の人にその店を聞いてすぐ道路向い側へ渡りはじめ、右方からの車両のことは全く気づかず約三メートル歩いて事故車に接触し、転倒した。

前記証拠中、右認定に反する点は信用できず、他に右認定を左右しうる証拠はない。

右事実によると、事故車の制動距離一一・八メートルは時速三〇キロメートルで進行する車両の急制動としては、(積荷関係が不明であるが)少し長いこと、原告が佇立していた地点から事故車と接触するまで約三メートル歩いているが、その間の時間的経過からすれば、被告はもつと早くから少くとも制動に要する距離以上離れた地点で原告の動静に気づいてよい筈であること、被告は現場付近をよく知つており、住宅もあり横断歩行者も少くない道路であることが明らかで、これらからすると被告が前方を十分注意して原告の動静により機敏な反応を示して急停止の措置を講じておれば事故を回避することも不可能でないものと考えられ、これを怠つた被告に過失があるものといわなければならない。

従つて、その余の点について判断するまでもなく被告には免責事由はない。

三、損害

1  入院費、小川病院分 一〇八万円 〔証拠略〕

2  逸失利益 金二、一二九、二五五円

原告の日収 三、〇〇〇円

稼働日数 平均二五日とする。

休業期間 昭和四三年三月三〇日から昭和四五年一月九日まで、

休業損は遅延損害金の関係で昭和四四年一月三〇日まで一〇か月として算出する。〔証拠略〕

(1)  三、〇〇〇円×二五×一〇=七五万円

その後は月別累計ホフマン式により中間利息を控除すると、

(2)  三、〇〇〇×二五×一〇・七三三=八〇四、九七五円

(3)  三、〇〇〇×五×(一一・六八五-一〇・七三三)=一四、二八〇円

将来損は、後記後遺症からするとその後少くとも二年間は重労働は無理で収入も減少することが予測されるから、三五%(労働能力喪失率表)の減少を認め、これを算出する。

三、〇〇〇円×二五×一二=九〇万円

(4)  九〇万円×〇・三五×(二・七三一-〇・九五二)=五六万円

(一万円未満切捨)

3  慰藉料 金一四〇万円

原告は、昭和四三年三月二九日大阪市港区市岡一丁目、小川病院に入院し、同年九月三日退院、その後昭和四五年一月九日まで八〇回通院した。その症状は頭痛、頸部痛、膝関節部疼痛、歩行障害、目まい等を訴え、頸椎に圧痛があり頸椎、腰椎に生理的運動領域である標準角度の二分の一に達しない程度の運動制限があり、レントゲン像では第五、六頸椎体の変形性が顕著で、その辺縁が不整で椎間狭少となつており、第四、五腰椎の椎間狭少で、第五腰椎が後方へ脱臼していて、そのため右上肢の尺骨神経領域、右下肢に知覚鈍麻の症状が出ている。しかし右症状は、元々背柱に変形症があつたのであり、そこへ事故による受傷が重なつて生じたものと考えられる。右神経症状は持続すると予測され、昭和四五年一月九日ごろには症状固定となり、今後労働に相当な制限がある。〔証拠略〕

右症状からすると、後遺症は自賠法施行令別表第九級一四号に該当するものと考えられるが、原告が大正三年五月二七日生(甲五号証)の年令と大工職からすでに腰痛など症状が出やすくなつていた原因があつたのであるから、この点について考慮しなければならない。その他諸般の事情(ただし、過失相殺事情を除く)を斟酌して精神的、肉体的苦痛に対する損害は右金額が相当である。

四、過失相殺

前記二に認定した事実によると、原告は女の人に道を尋ねてすぐ車輌の通過している舗装部分へ歩きはじめ、右方から事故車が接近しているのを見ていないばかりか、車を意に介してない態度で、事故車の直前へ歩き出しているのである。従つて原告にも道路を横断するについて、左右の安全確認を怠り、かつ車両の直前を横断してはならない(道交法一三条一項)義務に違反するもので、その過失も少くない。前記被告の過失と対比して、五割とするのが相当である。

五、弁済

原告が、被告主張のとおり合計二九四、〇七五円の支払をうけたことは、当事者間に争いがないが、そのうち小川病院治療費は、〔証拠略〕によると、本件では控除ずみであること明らかで、その他付添費、ふとん代、牛乳代は請求外であり、休業補償のみ本件損害額から損益相殺すべきものとなる。

しかし過失相殺するについて、内金一一四、〇七五円を前記損害金と合算して損害額を算出すると、

四、七二三、三三〇×〇・五=二、三六一、六六五円

二、八三三、九九八-一一四、〇七五=二、二四七、五九〇円

これから一八万円を控除すると二、〇六七、五九〇円となる。

六、弁護士費用 金二〇万円 〔証拠略〕

七、結論

被告は原告に対し、金二、二六七、五九〇円およびこれに対する昭和四四年一月三一日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告の本訴請求を右限度において認容し、その余は理由がないので失当として棄却する。

訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤本清)

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